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       X氏の88挑戦ドラマ


そもそも

多少はおかねもあったので、15年くらい前にホンマの高級クラブをセットで買った。軽自動車が買えるくらいの値段だった。
値段はともかく、アイアンはヒールの幅が狭く、アベレージゴルファーのナイスショットでは、球が右45度くらいに飛び出す。いわゆる、むずかしいクラブだった。きっちりしたスイングで芯を食わないとまっすぐ飛ばない。さいわい、ゴルフ入門時にゴルフ教室に通ったからか、そこそこのスイングはできていたらしく、すぐに使いこなせるようになった。

「そんな薄いクラブでよく打てるな!」そう、いわれるのが自慢だった。しかし、スコアはまとまらない。100を切ると喜んでいた。年に1回くらい。といっても、やたらゴルフに狂っていたわけではない。多くのゴルファーと同じで月に2回くらい。その前夜に練習場に行くていどだった。

そして50歳になりバブルが弾け、ついでに経営していた企画デザイン会社が手形詐欺にあい、ゴルフどころの話ではなくなった。食事代にもこと欠くようになり、かねがないのは首がないのと同じだ、を実感する毎日だった。










ゴルフ再開

借金数千万円、収入ゼロ、気だけは若く再婚した24歳年下の恋女房は妊娠中。心中したい気分だが「私は若いから、死ぬならあなた一人で死んで」といわれたらカッコがつかないので、いいだせない。破れかぶれではじめたウェブ・ショップがうまくいき、起死回生。それでも借金を完済してホッとするのに6年かかった。ま、とにかくよくやった。

2002年、57歳の夏、税理士の先生に誘われてゴルフ再開。心中を考えるほどかねで苦労したあとだけに、ゴルフができることが、じつは、とんでもない幸せなことだと分かった。

スタートするとき、思わず涙ぐむ。オレは男だ泣くもんかとドライバーを思いっきり振り切る「ファー〜〜」キャディさんの金きり声が御殿場の山々にこだまする。いきなりOBだった。世間はあまくない。いや、ゴルフは非情だと悟る。









自慢の柿の木

今浦島ということばがある。
2002年夏、7年ぶりに税理士の先生と、この先生を紹介してくれた数少ないX氏の親友とゴルフをやることになった。

前日、永田台のゴルフ練習場に行った。手袋がカビていて使い物にならないので立ちよった売店の親父がX氏の自慢のクラブを見て、ニッコリ!「いまごろ、柿の木のドライバーとは、珍しいですね」。ドライバーも自慢のホンマ製、もちろんパーシモン(柿の木)だ。X氏、なにをいわれているのか分からない。きっとこんな最高級品見たことがないためほめているのだろう。

「お客さん、靴にはスパイクついてないでしょうね?」なにをいうボケおやじめ、底にスパイクがついていなければゴルフシューズではない、というと「お客さん、いまはね、スパイクはどこのゴルフ場でも禁止だよ」

その通りだった。
ゴルフ売店の親父はボケていなかった。練習場の打席を眺めたが柿の木のドライバーなど探しても見つからなかった。スパイクも、そうだろうと納得した。靴はその売店でスパイクなしのソフトなんたらというのを買った。













ゴルフクラブ
総買替え

それからの2カ月。いろいろ探しまわって新しいクラブを調達した。えらい散財だった。

まずは、ドライバーだ。横浜の長者町あたありの鎌倉街道に面したゴルフ屋に入った、なんともいい顔をしたドライバーがあった。シャフトがいまどきのドライバーは長いんだ、とビックリしたが、買うことにした。4万8千円だという。「はい、そうですか!と払うほど金持ちではない。いくら負けてくれる?とすごむと「お客さん、かんべんしてください。中古品なんだから」エッ?知らなかった、が、ええカッコしいとしては知らなかったとはいえない。新品なら8〜9万円だという。

儲かったような、損したような複雑な気分だった。中古屋ねえ、立派な店構えだから値切らなかったら気がつかないところだった。

(つづく。お楽しみに!)